西郷隆盛ゆかりの観光スポット/上野・城山・西郷公園の西郷さん


目次

1.上野公園の西郷さん
2.鹿児島市城山の西郷さん
3.西郷公園の西郷さん

上野公園の西郷さん

制作者:高村高雲(西郷像)、薩摩犬ツン(後藤貞行)

完成:明治31年(1898年)12月18日(公開)

明治維新最大の功労者といわれ、多くの人に慕われていた西郷ですが、自ら明治政府の職を辞し、その後西南戦争では反政府勢力として戦い逆賊として最後を迎えました。明治22年(1889年)大日本帝国憲法発布による大赦で逆賊の汚名が解かれたことをきっかけに建設計画が始まりました。この西郷像はキヨッソーネの肖像画をモデルにしたもので、3体の西郷像のなかで一番最初に作られたものです。上野の西郷さんとして最も良く知られている西郷像です。西郷像の除幕式に列席した西郷の妻、糸子は西郷像を見て「うちの人はこんな人ではなかった(実際は薩摩弁)」と言って腰を抜かしたというエピソードがあります。礼節を重んじた西郷がこのような恰好で人前に出るような人ではないということを言いたかったようですが、顔が似ていなかったとも言われて、その後「これが本当の顔だ」というものが諸説出てくることになりました。写真嫌いの西郷は生前1枚の写真も残していないため、今となっては本当の顔はわかりません。

鹿児島市城山の西郷さん

制作者:安藤照(渋谷のハチ公像の制作者)

完成:昭和12年(1937年)5月23日

モデル:西郷隆治(孫)(安藤照と西郷隆治は鹿児島二中)、山形県の男性(どちらが本当のモデルかは安藤照しか知らない)

西南戦争で最後を迎えた城山を背景にした銅像ですが、色々いわく付きの上野の西郷さんに対して、本当の西郷隆盛を追求し制作に8年の歳月を費やして完成したのが城山の西郷さんです。大赦直後の明治時代に制作された上野の西郷さんには陸軍大将の軍服を着せるには圧力が大きかったようですが、50年の歳月が経過した昭和になって陸軍大将の西郷さんが誕生することになりました。まさに本当の西郷隆盛像といったところでしょう。妻の糸子さんも満足してもらっているのではないでしょうか。

西郷公園の西郷さん

制作者:古賀忠雄

完成:昭和51年(1976年)

正式名称は「現代を見つめる西郷隆盛像」で没後100年行事として制作が計画されましたが、発注者死去のため完成から12年もの間、倉庫に保管されていた。昭和63年(1988年)に報道によって像の存在を知った有志達により現在地に誘致され、同時に西郷公園として整備された。3人の西郷さんのなかで一番貫禄があります。

 

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